いつまで大企業で消耗してんの?

転職成功までのプロセス、転職エージェントの感想、30代での転職の苦労、キャリア感、大企業から脱出する心構え、その他諸々について書いています。 新卒で専門商社(3年)→財閥系一部上場メーカー(9年)→ベンチャー

自分語り

自分語り20 新規事業立ち上げ担当時代

海外営業でのプロジェクトが不発に終わって、社内ニート時代を経て次は新規事業立ち上げ担当になった。ベンチャー企業とか中小企業を買収して自分たちの事業にしようぜっていうプロジェクトだった。メンバーは上司が1人と3歳くらい上の先輩が1人、1歳上の先…

自分語り19 海外営業期

昔から英語が得意だったことと、海外で仕事がしたいという志向が強くて海外営業は憧れていた。私は中国市場の開拓を任された。日本で売れている製品を中国の顧客に販売するという仕事。中国市場は競合メーカーの独壇場で、そこに切り込む仕事だった。この仕…

自分語り18 第一回転職活動期

第一回目の転職活動はMBA2年目の在学中に始めた。時間もできたし、MBAで学んだ理論やフレームワークを実務で使いたいと思ったから。実際の仕事では、故障者として緩い仕事をしていて、それが不満でもあった。仕事が忙しいのは別にストレスではない。社内でパ…

自分語り17 MBA取得

前に書いたように私は学部時代は心理学を専攻して、将来は劇作家になろうと考えていた。その後、コネで社会人になった。そして、転職して経験豊富な高卒軍団にパワハラを受け、病んでしまった。今後ビジネスの世界で生きていくためには、本格的にビジネスに…

自分語り16 カウセリング後

カウンセリングは合計4回だった。最初に受けたのが2011年の5月。2回目が6月。3回目が8月。4回目が9月。部署の異動が7月。 2回目以降のカウンセリングの結果はEvernoteに記録していたので、当時のメモが残っている。2回目のカウンセリング(1ヶ月後の面…

自分語り15 カウンセリング

カウンセリングを受けろと言われたが、そこまで重症だという自覚はなかった。どうしようか考えている間に数日が過ぎた。その間もストレスは溜まって行った。自分なりに考えてベストだと判断した選択を、直接その仕事に関係ない上司から変更しろと言われたこ…

自分語り14 東日本大震災の影響2

土曜日の夜に東京に帰って来て、土日はネットでニュースをずっと見ていた。月曜日に出社して工場の被災が想像以上に激しいことがわかった。私は当時大手から小規模まで膨大な数のユーザーを担当していた。震災後の2、3日は被災へのお見舞いの電話が多くてま…

自分語り13 東日本大震災の影響

パワハラで心が折れかけていたけど、なんとか仕事をしていた。その頃の私は度重なる人格否定で自分はダメな人間なんだと思うようになっていた。今思うと心理学で言うところの学習性無気力という状態だったんだと思う。学習性無気力(学習性無力感)とは、ア…

自分語り12 嫁と出会って結婚した話

今の嫁と出会ったのもなかなか運命的だったと思っている。転職して当時付き合っていた彼女と遠距離恋愛になって、そのうち別れてしまった。その後、寂しくなって合コンに通いだす。実家に帰ったので、周りには高校の友達が沢山いた。高校の同級生の間で合コ…

自分語り11 転職後

意気揚々と次の会社に移った。職場は丸の内だったので、大学時代から社会人4年目まで8年間過ごした関西を離れた。会社へは横浜の実家から通った。当時京都に学生時代から付き合っている彼女がいたけど、遠距離恋愛になってしまった。専門商社から丸の内の財…

自分語り10 一度目の転職活動

最初にリクナビネクストに登録した。その後リクルートエージェントに登録した。転職活動期間は半年くらいだった。転職活動をしていた時期は2007年ごろ。リーマンショックの直前で景気は上昇していた。企業の人勢も不足し始めていた。就職氷河期時代に新卒を…

自分語り9 就職について

私が就職活動をしたのは2003年だった。最悪の時よりはましになっていたが、まだまだ就職氷河期真っ最中。何社か受けたが全て落ちてしまった。そもそも私が就職活動を開始した9月にはほとんど募集は終わっているので求人も極端に少ない。当時まだ六本木ヒルズ…

自分語り8 父が死んだ後

次の日からは、遺体を実家に運んだり、葬式の手配をしたり、死亡届を出したり、慌ただしくて悲しんでる暇もなかった。私はまだ22歳だったけど葬式の喪主を務めることになった。が、ほとんどの手配は祖父がやってくれたので、私は言われるままに動いただけだ…

自分語り7 肝臓移植のドナーになった

時間は少し戻るけど20歳頃から父の病気が悪化して来た。慢性肝炎から肝硬変に悪化していた。一緒に住んでなかったので知らなかったが、会社に行くだけでかなり苦しくなっていたようだ。ある日、同居していた父方の祖父から話があると呼ばれた。父親の病気が…

自分語り6 大学4回生 プロになろうとした

劇団のルールで3回生の冬を最後に引退しなければいけない。その日は年末だったと思う。最後のステージを終えて、打ち上げが終わって、後輩たちに送り出してもらって、全情熱を傾けた劇団に明日から居場所がなくなる、今までは目の前の公演に向けてがむしゃ…

自分語り5 大学2回生〜3回生 演劇の日々

暇なのでKの家に入り浸ってた。昼は授業に行って、時間が空いたらKと公園でキャッチボールしたり、ゲームしたり。そして夜になってビデオを見ながら寝る。こんな生活を続けていて、これではダメだと思うようになった。大学2年目の四月になっていた。彼女に…

自分語り4 大学1回生

そんなことで京都の私大に入学した。世界が滅ぶ前に童貞を捨てたかったってのもこの大学に入学した理由だけど、この大学には映画学部があったので、日芸には行けなかったけどサークル活動で映画を取ろうと思ったことも理由の一つ。入学して映画部に早速入部…

自分語り3 中学・高校時代

私が入学したのは横浜の中高一貫の男子校だった。同級生の上位5%が東大か京大に進学して、50%程度が早慶に進学するくらいの学校だった。いつものごとく悪くはないけど、トップではない。ここでの最大の問題は、男子校だったこと。6年の男子校生活で私はそ…

自分語り2 小学校時代

入学式の日、初めて教室に集められた。団地の小学校なので、団地の幼稚園に通ってた子供は顔見知りだった。私は団地の外の幼稚園に通っていたので、いきなり仲間外れにされた。「あいつ誰?」みたいなことを言われて、それに憤った私はその発言をした子供に…

自分語り1 生まれてから幼稚園まで

生まれてから幼稚園まで 私は1980年に神戸で生まれた。 父親はシステムエンジニアで銀行のシステムの構築なんかをしていた。 70年代でシステムエンジニアだったから今から考えるととても先見の明があったのかもしれない。 が、父はインターネット全盛期やこ…

今週も乗り切った

金曜日も仕事がないので午後有休を使って会社から帰ってきた。会社から逃れるのは嬉しいんだけど、早く家に帰っても何もやることがないことが社内ニートの辛いところ。というわけで、午後は池袋に行ってカフェで本を読んだり自分史を書いたり。自分がなぜこ…