いつまで大企業で消耗してんの?

転職成功までのプロセス、転職エージェントの感想、30代での転職の苦労、キャリア感、大企業から脱出する心構え、その他諸々について書いています。 新卒で専門商社(3年)→財閥系一部上場メーカー(9年)→ベンチャー

自分語り16 カウセリング後

カウンセリングは合計4回だった。最初に受けたのが2011年の5月。2回目が6月。3回目が8月。4回目が9月。部署の異動が7月。
2回目以降のカウンセリングの結果はEvernoteに記録していたので、当時のメモが残っている。

2回目のカウンセリング(1ヶ月後の面談)
・1回目の相談時より楽になっている。
・クリニックに行って薬をもらうような状況ではなさそう
※カンセラーは話を聞くだけ。クリニックは薬を処方して症状を改善する。カウンセラーで手に負えない場合=鬱病と認定される場合、はクリニックを紹介される。
・眠れなくなったり、食欲がなくなったりなど身体に変調があった場合は注意すること

3回目のカウセリング(3ヶ月後の面談)
私:仕事の負荷を減らしてもらったけど、もう少し仕事量があっても大丈夫だと思っている
カウンセラー:負荷がなさすぎるのも良くないので、ある程度仕事量があっても大丈夫だと上司に伝える。もし負荷が大きすぎると、前と同じ兆候が出てくる。例えば、周りに相談できなくて悩みを抱え込んでしまう、暗くなる、笑えなくなる、気が休まらない、など。そんな兆候が出なければ大丈夫

4回目のカウンセリング(4ヶ月後の面談・最後の面談)
私:パワハラをする人がいなくなった職場になり、新しい仕事にもチャレンジしてだいぶマシになった
カウンセラー:気遣いに感謝をすること。感謝を言葉にすること。今度同じ状況になっても経験を生かして乗り切ること。抱え込まないこと。相談すること。きつい言葉にも真意があると思うこと。

前の自分を客観的に見ることができるようになった。これはとても大事。すぐに相談したらいいとか。相談の仕方とか、力の抜き方とか。今回の経験は長い社会人生活ではいい経験になる。この経験を生かすことが大切。

こんな感じ。

まとめると、病んでたけど鬱病と診断される手前で助かった。仕事の負荷が減って、パワハラ主犯格から隔離されることでストレスは緩和されて前向きになれた。ストレスマックス時の誰にも相談できず、自分をダメだと思う、学習性無気力状態から脱する方法も学ぶことができた。これで定期カウンセリングは終了した。

その後、私は数ヶ月新しい部署で内勤の仕事をすることになった。たまには出張もあった。上司も気を使ってくれて、同じような状況にならないように負荷のある仕事はほとんど与えられなかった。

私の自己認識はパワハラさえなければ仕事は嫌ではなかった。もともと上昇志向があったし、能力もあると思っていた。問題は自分を否定する環境があるだけ。なのでパワハラを受けない環境にさえあればもっと仕事がしたいと考えるようになった。ようはストレスがなさすぎてそれがストレスになっていた。健康な人からは、何を贅沢なと思われるかもしれないけど、今までバリバリ働いてた人間が一気にやることがなくなると、それでそれは辛い。

何度かもっと仕事をしたいと上司に訴えたが、再発したら困るのでしばらくは今のままでいるように言われて、状況は変わらなかった。まあ、無理して鬱にさせるなんてことはできないから当然の判断だと、今は思うけど、その時は辛かった。

また、仕事の前線から外されることで同僚たちに一気に差をつけられてしまった感もあって、それも辛かった。

このままでは、学ぶことができなく、資料作りのための数字を弄る仕事を続けることになる。周りからはメンタルを病んで前線から脱落した病人として扱われる。これは耐えきれないと思った。

そこで私が考えたのは自分で自分を磨くことだった。その一つがMBAの取得だった。